Michael Rhodes卿を偲ぶ March 17, 1948 - January 26, 2011

飛騨高山にてビムラー夫妻
図1 飛騨高山にてビムラー夫妻
ナイトの勲章を披露するローデス卿
図2 ナイトの勲章を披露するローデス卿

  去る1月26日朝、Barbara Bimlerハバナ医科大学終身客員教授(以下Bimler教授)の夫であるMichael Rhodes卿がご急逝されました(図1)。
  享年62歳でした。
  Bimler教授はBimlerの装置を考案したH. P. Bimler先生のご令嬢ですが、Rhodes卿はBimler教授が父親に代わり世界中で講演する際、夫としてはもちろんマネージャーとしても常にその活躍を見守ってきました。
  その意味で機能的顎矯正歯科治療の普及に大変に貢献し、また今年8月に開催予定だったV IFUNA平泉大会の母体であるIFUNA発足や平泉大会の開催にも少なからず関わっていたことから、皆様にお知らせするとともにここに彼の思い出を記して哀悼の意を表したいと思います。

  マイケル(以降、親しみを込めてこのように呼ばせて頂く失礼をお許しください)と私は、岩附勝先生が開催していたビムラーセミナーで1998年秋に初めて出会って以来、毎年お会いし親交を深めてまいりました。
  2004年からは私の地元の名古屋でセミナーを開催したり、2006年からは日本矯正歯科学会でバーバラ(同様にお許しください)と共同発表したりして、公私にわたり大変仲良くさせていただきました。
  初めてのセミナーを機会にさらに親交を深めるため、ある時飛騨高山方面に旅行に出かけたのですが、実は日本酒が飲めなかったマイケルがその後日本酒を愛するようになったのはこの時だったのです。
  山中にある料亭でせせらぎと秋の虫の音をBGMに、クラッシュアイスの上に銀製の急須で冷やされたお酒を一口やった瞬間、「Fantastic!」と叫んだ彼の顔を私は忘れることはないでしょう(図2)。

  マイケルはそのようにユーモラスに富む方でありましたが、一方でとても実績のある方でもありました。
  マイケルは1948年にCalifornian州Palo Altoでお生まれになり、その後イタリアに移住しフィレンツェ大学入学後、近代ヨーロッパ史を研究され博士号を取得しています。
  1985年ころからBimler研究所において輸出責任者として活躍され、ご縁があってバーバラと結婚されました。
  私は彼の経歴を知るにつれ、活動の分野が歴史から医療の道に大きく変わったことを不思議に思い尋ねたことがありましたが、初めて大学を志したときには医学を目指したという納得する答えが返ってきたことを良く覚えています。
  また彼の意外な一面であり、ご自身が誇りにしていた一つに、スペインからknightの称号を授与されたということがありました。
  これはカソリック教会の総本山であるバチカンに対し多大な貢献をしたことが認められたからだそうです。
  ほぼ毎日のようにメールを交換していた私にとって、彼の意見や行動はいつも的確で勇気づけられるものでしたが、それはこのように優れた才能と努力に裏付けされていたからでしょう。
  したがって彼が導いたIFUNA平泉大会が実現すれば日本やアジアにとってばかりではなく、世界に対しても実りの多い会議になることは間違いないと私は信じます。

  以前に心臓を病んでいると聞いたことはあったのですが、最近ではいつ不幸があっても不思議はないと医師から伝えられていたことはこの度初めて知りました。
  最期までその恐怖に怯むことなく、機能的顎矯正歯科治療やIFUNAの発展に心血を注いだMichael Rhodes卿に心よりお悔やみ申し上げたいと思います。

合掌



伊藤率紀

    歯科医師
    機能的顎矯正治療を考える会会員
    伊藤矯正歯科医院院長
    メキシコ州立自治大学客員教授
    岐阜県可児市

伊藤率紀は1985年愛知学院大学歯学部を卒業し同大矯正歯科学講座に在籍した。その後1991年に岐阜県可児市にて矯正歯科専門医院を開業し、成長期の多くの患者にBimler装置を使用してきた。1998年から今日に至るまでBimler装置に関し日本矯正歯科学会やIFUNA国際大会などで発表し、2008年には矯正臨床ジャーナルにおいてBimler装置に関する記事を数編執筆する。これらの活動を通じ、Michael Rhodes卿やBarbara Bimler教授と親交を深めてきた。